『完璧主義』『まじめ』と言われることの居心地の悪さ


私はよく、『完璧主義者』とか、
『まじめだね』って言われる。

全然褒められてないのは、分かってる。
この二つの言葉を言われると、本当に傷ついて、
言われ方によってはその場から去りたくなるくらい、
一番言われたくない言葉。



以前、お友達のIちゃんが貸してくれた本。
読んでいるうちに、手元に置いておきたくなって
同じものを買いました。

不勉強なので知らなかったのですが、
河合隼雄さんという心理学者の方が書かれた本。

気分が落ち込んだり、苦しくなったり、思考がぐちゃぐちゃなときに、
この本を手に取ると、冷静になれる。
今日みたいに考え込むような状況になりそうなときも
あてもなくパッと開けば、一息つける。

とっても器の大きい本です。

***

子どもの頃から
きちんとやらないと怒られるから、きちんとやってきた。
きちんとやって褒められたい、と思って、
やってきた。(褒められた覚えはない)

それが染みついて、滲み出ているのかもしれない。

完璧にやることだけ考えているわけじゃなくて
例えば『家』なら
整っている家が『自分にとって』心地よいから
整えているだけだし
『料理』なら
自分で作った料理が『自分にとって』美味しいと思うから
手作りをしているだけの話。

自分が子どもの時に、
潔癖な母親が毎日かける掃除機が大っ嫌いだった。今でも掃除機は嫌い。
しかもそれを「子どものため」と言っているのがすっごく嫌だった。
本人が自分のためにやっている、って分かっていたから。

だから、子ども達に恩着せがましく思ったことはないのに。
他人に「不機嫌になるならやらないほうがいいよ」とか、
勘違いされるのは何でなんだろう。
どんなに「そうじゃないよ」って言っても、伝わらない。

だから、
よその家が散らかっていたり、よごれていても
その人にとってその状態が心地よいなら、気にならないのに
「○○(私)ちゃんは家に呼べない」とか言われる。

料理だってそう。
小麦粉は、やめてからの体調が本当に良くなったからやめているだけで
私だって、冷凍食品は使うし、ジャンクフードだって食べる。
なのに、「きちんとやってる」って、まるで、
きちんとやるのがいけないことのように聞こえる。

外食だってたまにはするし、
スーパーのお惣菜に頼ることだってある。
そんないつもいつもコストをかけるほどのカネがないから
工夫しているつもりなのに。
「ちゃんとやってる」。って。だめなの?

このクソ真面目に見える顔のせい?
生き方?
文句言うな、ってこと??
ただの被害妄想?

私なりに、ストレスやプレッシャーをうまくかわして生きたいの。
まじめで何が悪い?

てか、まじめって何?

***

今日、次男が作ったお料理の写真。


一緒に買い物に来てくれて、
彼がひとりで作ってくれた、麻婆豆腐。

とっても、とっても美味しかった。
もう、ずっと食べていられるくらい美味しかった。

奥に見えるのは半額の本マグロ海苔巻き!!
これも本当に、2人で顔を合わせて喜ぶほど美味しかった。


私は自分を完璧だとは思わないけど
毎日、精一杯、生きなきゃいけない毎日を
私なりに少しでも上を向けるように、滞ることの無いように
生きています。それだけ。


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